コラム

これまでの連載で、企業価値を高める方法として、「事業の収益性の向上」「投資効率の最適化」「財務状況の見直し」「無形資産の把握と活用」「仕組み化」について解説してきました。本稿では、経営理念、パーパス、ビジョン、ミッション等の言語化について解説していきます。

◆これまでの連載記事
【連載】売却できる会社に育てる方法⑧仕組み化の手順と方法
【連載】売却できる会社に育てる方法⑦仕組み化のメリット
【連載】売却できる会社に育てる方法⑥無形資産の把握と活用
【連載】売却できる会社に育てる方法⑤財務状況の見直し
【連載】売却できる会社に育てる方法④投資効率の最適化
【連載】売却できる会社に育てる方法③事業の収益性向上のためのブランディング
【連載】売却できる会社に育てる方法②事業の収益性向上のための社内連携強化
【連載】売却できる会社に育てる方法①事業の収益性向上のための施策

 


【経営理念、パーパス、ビジョン、ミッションとは】

これまでの連載でお伝えしたように、売却できる会社に育てるためには収益性を上げ、組織力を上げておく必要があります。仕組み化ができて業績も好調だと、会社を売却する理由もなくなっているかもしれませんが、M&Aの理由は十人十色です。

組織力を上げる方法の一環として、経営理念やパーパス、ビジョン、ミッション等を見直すと良いでしょう。何らかの理念はすでに掲げられていることが多いのですが、古くなり形骸化しているケースもあります。経営理念、パーパス、ビジョン、ミッションの定義は以下のとおりです。

 

経営理念:創業者が大切にしている考え、哲学
パーパス:会社の存在意義
ビジョン:会社の未来像、理想の姿
ミッション:会社の使命、責務

 

経営理念と混同しがちなのが、「企業理念」です。経営理念は、創業者(経営者)の考えや哲学信念、価値観を言葉にしたもので、企業理念は、企業の在り方や存在意義、事業目的などを言葉にしたものです。企業理念はパーパスやビジョン、ミッション等を内包したものとも言えるでしょう。パーパス経営やビジョン経営などのたくさんの流行り言葉が生まれていますが、シンプルに言えば「なにを大切にし、なにを目指すのか」ということです。

「会社がなぜ存在しているのか」「何のために事業をやっているのか」という軸が通っていなければ、組織が有機的に動くことは難しくなっています。

 


【暗黙知を形式知化していく】

創業者(経営者)の方は、中には情報発信が得意な方もいらっしゃいますが、「社外のコミュニケーションは得意だけど、社内のコミュニケーションは苦手」という方も多いです。「一度言ったから社員もわかっているだろう」と考えてしまいがちですが、夫婦関係と似ていて何度も何度も伝え続けてやっと何割か伝わるくらいでしょう。「朝礼で全社員に理念のことを話している」と言っても、社員の方はその日の業務のことや別のことを考えていて耳に入っていないのではないでしょうか。筆者も、会社員時代はそうでした。

「伝えたつもりで伝わっていない」という状況が続くと、暗黙知が蓄積されていくことになります。暗黙知は、個人の経験や勘に基づいた知識のことです。個人が感覚的に持っているものですので、言葉や数値、図表などで社内共有できていません。

この暗黙知を、形式知に変換していく必要があります。これは、仕組み化の一環であり、組織力を上げる一環でもあります。形式知と近しい、あるいは内包する言葉には「集合知」や「実践知」があります。集合知は、目的に関連した多くの人の知識が蓄積され、体系的に集められた情報。実践知は、実践の場で状況をみて的確な判断をする能力のことです。

形式知の具体例としては、

・業務フローチャート
・業務マニュアル
・FAQ

などがあります。飲食店であればレシピが代表的でしょう。第三者がみても意味や具体的な方法を理解できるのが形式知です

暗黙知を形式知にすることで、業務の属人化を防止することができます。社員の育成もしやすくなり、効率化や社員全体のスキルの底上げも可能になるでしょう。業務における知見を形式知にすれば、会社の知識資産になり、企業価値も上がります

 


【共通言語は組織のパフォーマンスを向上する】

中小企業は暗黙知の宝庫ですが、理念を含めたたくさんの暗黙知を形式知にしていくと、結果的に組織のパフォーマンスを向上させることにつながります

経営が順調なときは良いのですが、問題が起きたり経営の判断に迷ったりした際には理念という軸が役立つことになります。理念があれば、方向性を間違えずに原点に立ち戻れるからです。これは、経営者の士気向上だけでなく、社員の士気にもつながることです。

また、理念やパーパス等は会社の基本的な行動指針、方向性を表現したものですので、社員の行動を明確することができたり、価値観を浸透させたりすることができるようになるでしょう。社員一人ひとりが自律的に判断できると強い組織になります。

理念等は社外にも発信していく言葉です。そのため、理念等に共感してくれた人の採用や会社の社会的責務の遂行にも関係してきます。言葉一つで人も組織も大きく変わることがありますから、「ただの言葉」と侮ってはいけないでしょう。

 


【専門家に相談するも良し、AIに相談するも良し】

理念やパーパス等を言語化していくために、経営者個人や社内で検討する方法もありますが、戦略コンサルタントや組織コンサルタントなどの専門家に相談するという方法もあります。例えば、以下のようなステップで進めていきます。

 

  1. 社員や経営陣にインタビューし、会社文化の理解や現状把握を行う。言語化のプロセスに多くの社員を巻き込み、主体的になってもらう。
  2. インタビューメモから要素を抽出し、複数の案を出す。必ず入れたい言葉などを厳選し、絞り込んで理念やパーパス等を策定する。
  3. 日々のコミュニケーションや人事制度などと連動させ、浸透を促す。社員の意識や行動への定着を図る。

 

複数の案を出すまでは、今ならチャットGPTなどのAIを活用するのも良いでしょう。会社のサイトURLを入れて、「この会社の経営理念を5つ考えて」と質問すれば案を出してくれます。理念等を浸透させる方法をAIに聞くこともできます。

しかし忘れてはいけないのは、理念等を決めていくプロセスはチームビルディングでもあり、組織力を上げていくという目的があることです。言語化された理念やパーパスという結果(成果)だけをみれば、AIを活用する方がコストパフォーマンスや効率は良いのですが、「あーでもない、こーでもない」と議論する一見無駄とも思えるプロセスも重要なのです。

 

次回は、「人員の再配置と最適化」について解説していきます。


中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

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