コラム
- M&A全般経営者の悩み連載
【連載】売却できる会社に育てる方法⑥ 無形資産の把握と活用
「【連載】売却できる会社に育てる方法① 事業の収益性向上のための施策」では、企業価値を高める方法として、「事業の収益性の向上」「投資効率の最適化」「財務状況の見直し」「無形資産の把握と活用」の4つを挙げました。本稿では、無形資産の把握と活用について解説していきます。
◆これまでの連載記事
【連載】売却できる会社に育てる方法⑤財務状況の見直し
【連載】売却できる会社に育てる方法④投資効率の最適化
【連載】売却できる会社に育てる方法③事業の収益性向上のためのブランディング
【連載】売却できる会社に育てる方法② 事業の収益性向上のための社内連携強化
【連載】売却できる会社に育てる方法① 事業の収益性向上のための施策
【無形資産とは】
会社の資産を大きく分類すると、「有形資産」と「無形資産」に分けられます。
有形資産は、現預金、株、債券などの金融資産や、建物、土地、美術品などの実物資産といった「目に見える資産」です。一方の無形資産は、今は「目に見えない資産」であっても、いずれ有形資産に変わりお金を生み出すことができる資産のことです。例えば、経営者や社員の知識、経験、スキル、技術、人や社会とのつながりなどが挙げられます。他にも、保有している資格やブランド、信頼、口コミ、心身の健康、SNSなどのフォロワー数なども無形資産に該当します。
別稿の「無形資産・のれんの計上も行うPPAとは」では、無形資産・のれんに含まれる対象として以下を挙げています。
◆競争優位性に関連するもの
・競合他社との違い
・収益の源泉となるもの
・経営ノウハウ
◆許認可に関連するもの
・許認可、ライセンス
・ロイヤリティ
◆特許・技術に関連するもの
・特許
・優位性のある技術
・研究開発
・ソフトウェア
・知的財産
◆顧客に関連するもの
・顧客との関係性
・顧客リスト、属性
・新規顧客獲得マーケティング
・既存顧客のフォローノウハウ、離脱防止策
・受注残
◆人材に関連するもの
・組織
・資格(有資格者)
・採用ノウハウ
・研修育成ノウハウ
◆ブランドに関連するもの
・商標、商号、ロゴ、マーク等
・ブランド
・認知度
これらの無形資産を棚卸し、把握しておくことが企業価値を高めるうえでも重要です。事業の寿命は短命化しており、同じ事業を数十年続けることは難しくなってきています。どんな時代になっても会社を存続させていくためには、そして会社を成長させるためには、会社の将来を自らデザインする必要があるでしょう。
無形資産の多くはすぐには有形資産に転化できませんが、活用の仕方次第では有形資産と同等かそれ以上に価値があるものです。無形資産の有効活用は、会社にとって欠かせないものになっています。
例えば、以下のような活用方法が考えられるでしょう。
・人的つながり(人的資産)の活用:人や会社を紹介し、ビジネスマッチングを行う。
・知識や経験の(知識資産)活用:学んだこと、得たことをコンサルティング事業化する。
・スキルやノウハウ(技術資産)の活用:技術を教える教育事業を始める。
無形資産を既存事業と結び付けたり新規事業に活かすなど、アイデア次第で有形資産化する方法はいくらでも考えられます。社内で無形資産の棚卸とアイデアブレスト会議をしたり、社外の顧問やアドバイザーを招いてアイデアをもらうのも良いでしょう。
【無形資産と知財】
無形資産と近しいものに「知財」があります。知財は、知的財産、または知的財産権の略です。知財を一言で表すと、「人の創造活動によって生み出された経済的価値のあるもの」で、知的財産権は、そんな知的財産を保護する権利のことです。
・特許権
・実用新案権
・意匠権
・商標権
・著作権
・育成者権
・回路配置利用権
などがあります。
経済産業省は2022年5月9日に、同省内の特許庁が取りまとめた「企業価値向上に資する知的財産活用事例集」を公開しています。
出典:企業価値向上に資する知的財産活用事例集|特許庁(https://www.jpo.go.jp/support/example/document/chizai_senryaku_2022/all.pdf)
この事例集は、企業価値向上に取り組む国内企業に対して行った実践事例の聞き取り調査から、「経営層と知財部門のコミュニケーション」に着目して実際の事例を取りまとめたものです。同省は、知財・無形資産活用を通した企業価値向上を目指す経営層や、知財部門、経営企画部門、IR・広報部門などに従事するビジネスパーソンに向けて、事例集の活用を呼びかけています。それだけ、無形資産・知財の活用に重きを置いているということでしょう。
特許庁によれば、海外企業と比べると、日本企業の無形資産・知財への投資・活用は思うように進んでいないと言います。無形資産・知財への投資・活用を通じて企業価値を向上させ、投融資による資金調達や売上・利益の向上につなげる循環を実現させることが、日本企業の課題と言えるでしょう。
同省はこれまで、日本企業の知財経営の実践において、
・経営層と知財部門のコミュニケーション不足
・成長戦略における知的財産の役割について、経営層が理解不足であること
などを課題として挙げてきました。これらの課題解決のためには、経営層の無形資産・知財への理解が欠かせないということです。
【無形資産・知財を活用するためのアクション】
出典:知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン|首相官邸(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo1.pdf)
2022年1月28日に、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」(略称:知財・無形資産ガバナンスガイドライン)Ver 1.0が、「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」から公表されました。
この資料には、「知財・無形資産の投資・活用のために7つのアクション」として、以下の記載があります。
【知財・無形資産の投資・活用のために7つのアクション】
① 現状の姿の把握
② 重要課題の特定と戦略の位置づけ明確化
③ 価値創造ストーリーの構築
④ 投資や資源配分の戦略の構築
⑤ 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築
⑥ 投資・活用戦略の開示・発信
⑦ 投資家等との対話を通じた戦略の錬磨
7つのアクションの最初に「現状の姿の把握」とあるように、まずは現状を正しく把握することが第一歩です。アクション②~⑥までは、今ならチャットGPTなどのAIを活用することもできます。
・課題の優先順位づけ
・アイデアの壁打ち
・参考になる論文や書籍、記事、動画等のピックアップ
・戦略、取り組み計画の立案
・価値創造のストーリーメイク
・投資配分の案出し
・良い事業パートナーのリサーチ
・企画書のライティングやデザイン
・ニュースリリースのライティング
・コンテンツマーケティングに使うコンテンツの量産
などは、チャットGPTの得意領域でしょう。社内外のブレスト会議で良いアイデアやアクションプランが出なかった場合は、チャットGPTを活用するのも一考です。
【無形資産・知財とNFT】
「無形資産・知財の有形資産化」という面では、2021年頃によくニュースで取り上げられたNFTを活用する方法もあります。NFTは、ノン・ファンジブル・トークン(non-fungible token)と呼ばれるトークンの一種です。代替性がないトークンで、「世界に1つだけのトークン」と表現すればわかりやすいかもしれません。
NFTの活用事例には、例えば以下のようなものがあります。
・デジタルアートや音楽、音声などのコンテンツのNFT
・一定の商業利用が許可されたキャラクターのライセンスのNFT
・コレクターズアイテムのNFT
・コミュニティのNFT会員証
・御朱印NFT
・ウイスキー樽やクラフトビールのNFT
・盆栽のNFT
・有名シェフのレシピ動画のNFT
・通信社が保有する歴史的瞬間の映像の一部のNFT
などなど、挙げればキリがありません。NFTは無形資産・知財とその所有者をデジタル上で特定し、無形資産・知財に希少性を与え、世界の市場で取引可能にし、価値をつけて流動化させることができます。まだまだNFTに関する法整備の必要はありますが、無形資産・知財を有形資産化するための方法として検討してみても良いでしょう。
次回は、売却できる会社に育てるための「仕組み化」について解説していきます。
中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。