コラム

別稿「売却できる会社と売却できない会社の特徴」では、財務状況が良く、業務が組織化されている会社であれば買い手がつきやすいというお話をしました。では、どうすれば会社をそのような状況に育てていくことができるのでしょうか。本稿以降「売却できる会社に育てる方法」として、何回かに分けてお伝えしていきます。

 


【完璧な会社はないが、完璧そうな会社を手放す理由もない】

M&Aで会社や事業の売却を検討するということは、なにかしらネガティブな理由がつきものです。例えば、「後継者がいない」「利益を上げにくくなってきた」「事業に飽きた」「マネジメントが苦しくなってきた」などの理由です。

完璧な人間がいないように、完璧な会社というのも存在しません。どんな会社にもなにかしらネガティブな要素はあるもので、だからこそ、そんなネガティブ要素を補ったりポジティブに変換できる買い手(譲受)企業がつくとも言えます。

また、財務状況が常態的に良く、仕組み化できている会社であれば、わざわざ手放す理由もあまりないでしょう。「状況が良いうちに売却したい」ということもありますが、かなり稀なケースです。

100点満点の会社はありませんが、売却できそうな見込みが立つ程度に企業価値を高めておく努力は不可欠です。では、どうすれば企業価値を高めることができるのでしょうか。

 


【企業価値を高める方法】

企業価値を高める方法には、一般的に以下の4つの方法があります。

事業の収益性の向上
投資効率の最適化
財務状況の見直し
無形資産の把握と活用

 

企業価値を高める「バリューアップ」の施策には、

経営理念、パーパス、ビジョン、ミッション等の言語化
人員の再配置
業務マニュアルの整備
業務フローの構築
コスト削減
マーケティング戦略の立案、実行
採用戦略や人材定着策の立案、実行

などなど、挙げればきりがないのですが、本稿では「事業の収益性の向上」に焦点を当てて解説していきます

 


【収益性と売上の違い】

まず、収益性とはどんなことを指し、売上との違いは何なのでしょうか。

収益性は、言い換えれば「会社の稼ぐ力」のことです。収益性が高いということは、少ない資産で大きな利益を上げたり、売上高に対して大きな利益を上げたりすることができるということ。収益性が高い状態は、燃費の良い車に乗っているようなものです。

収益性と売上との違いは、収益性、あるいは収益力は売上からコストを差し引いた「利益」のことで、売上は会社が事業を運営することによって得たお金(売上高)のことです。いくら売上が増えても、人件費やオフィス賃料、光熱費、広告宣伝費などのコストが多ければ、「収益性が高い」ことにはなりません。つまり、売上を増やしながら生産性を上げ、コストを圧縮しないと収益性は向上しないということです

 


【事業の収益性を高めるには】

「売上よりも利益が重要」というのは事実なのですが、そもそもある程度売上がないと収益性をどうやって高めるかという議論がしにくいところがあります。

コンサルティングファームのアクセンチュアは、公式サイト「accenture.com」で、

売上拡大を達成するための5つの条件「S-P-E-E-D」

という条件について解説しています。以下は、その抜粋です。

 

【S】投資の最適化(Spend optimization)

利益を生み出すコンテンツに対して、最適な投資を行うこと。

【P】価格と利益の最適化(Price and profit optimization)

価格と利益を分析し、顧客のニーズに応じた柔軟な価格設定を構築し、収益性を向上させること。

【E】優れたオペレーション(Execution and operations excellence)

経験と知見に焦点を当ててテクノロジーを活用し、営業部門が積極的に新たなプロセスを取り入れられるようにサポートすること。

【E】営業人材の能力開発(Enablement of sales talent)

アナリティクスなどを活用して優良な人材の採用を行い、営業担当者がより優れたパフォーマンスを発揮できるように支援すること。

【D】デジタルを活用した営業活動とダイナミック・チャネル(Digital selling and dynamic channels)

常に顧客中心のアプローチを心掛け、優れたフロントオフィス(顧客と直接的な接点を持つ部門)を構築すること。
参照元:アクセンチュア株式会社 accenture.com「売上拡大と収益力向上を同時に実現するための5つの絶対条件」(https://www.accenture.com/jp-ja/insight-five-imperatives-power-profitable-sales-growth)

 

いずれも納得の内容ではありますが、経営資源の限られた中小企業ですべてを実行するのは困難ですまずは、2つのE(優れたオペレーション/営業人材の能力開発)に注力するのが良いかもしれません。この2つのEは、言い換えれば「営業力の強化・効率化と営業人材の育成」です。

 


【営業力の強化・効率化と営業人材の育成】

では、営業力の強化・効率化を、どのように行なっていけば良いのでしょうか。

収益性向上を図る際は、営業の量だけを増やせば良いというわけではありません。営業の質も高める必要があります。営業の質を高めるためには、効率化や人材育成などの工夫が必要です

筆者は、M&Aに関するアドバイスや顧問業などを通じて複数の会社を見てきましたが、社内でノウハウがナレッジ化できている中小企業は多くないのが実状です。ナレッジとは、個人が持つ知識や経験、ノウハウ、スキル、事例など、会社にとって財産とも言える情報のことです。優秀な営業社員だけが情報を独占しブラックボックス化していると、属人的業務になり、その人が退職すると業績に大きな影響を及ぼすことになります。情報をナレッジ化し、営業部門全体あるいは会社全体で共有することで、個人プレイに依存することなく全体の力が底上げされます

営業一人ひとりがナレッジ化された武器を多く持つことで、新規顧客の持続的な開拓や、既存顧客の離脱防止につながります。個人のキャラクターや信頼関係だけでできる営業もありますが、退職して担当者が変わってしまえば、また一からやり直しです。

そんな事態にならないように、日々の業務内容や商談内容などをコンタクト履歴・営業履歴などに残して社内で可視化し、みんなが閲覧できるようにしておくと良いでしょう。

しかし多くの場合、営業履歴をエクセルやシステムに記録したり、マニュアル化するだけで満足してしまう傾向があります。なにもないよりは良いのですが、ナレッジ化と言うには不十分です。

ナレッジを組織に落とし込むためには、社員・部下への共有・教育を行うことが大切です。社内研修やロープレ、営業同行、フィードバックなど、さまざまな取り組みに対して労を惜しんではナレッジ化できません。インプットだけでなく、意識的にアウトプットする場を設け、社員の個性も活かしながらカスタマイズしなければ組織に定着しません。また、いつでも相談できる環境や雰囲気を醸成しておくことも重要です。

社員がなにに悩んでいるのか、どんな課題があるのかを、社長や上司はヒヤリングして把握しておかないと、適切な共有や教育はできません。さらに、よくある「武勇伝を語る」ような一方的な指導にならないよう、客観的な視点・視座で教育することが求められます。数的根拠に基づいた論理的な教育を行う方が、今の20~30代には馴染むでしょう。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」という言葉があるように、日々の積み重ねがなければナレッジ化はできません。システム導入や数回の研修だけで実現できるものではないのです。

 

次回は、「事業の収益性を高めるための、社内連携の強化方法」について解説していきます。

 


中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

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