コラム

M&Aを活用する最大のメリットは、「時間を買えること」であるとされています。買い手企業視点では、時間を買えることはわかりやすいメリットでしょう。では、売り手企業視点ではどうでしょうか。また、他にはどんなメリットがあり、どんなデメリットが考えられるのか。本稿では、M&Aを活用するメリットとデメリットを、売り手企業の視点で解説していきます。

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【売り手企業からみたM&Aのメリット】

M&Aを活用するメリット① 「投資回収の時間を短縮できる」

M&Aは、必ずしも「100%の株式譲渡」が必要というわけではありません。一部の事業を売却する「事業譲渡」も、広義ではM&Aのひとつです。自社で行っている利回りの低い事業を売却し、譲渡金を得ることもできます

自社にとっては収益性の低い事業であったとしても、他社から見れば「シナジー効果を期待できる価値ある事業である」と判断されるケースもあります。事業譲渡によって投資回収にかかる時間を短縮できれば、売り手企業も他の事業にその資金を充て、業績アップを図れる可能性もあるでしょう。「投資回収を短縮できる=時間を買える」というわけです

 

M&Aを活用するメリット② 「後継者問題を解決できる」

多く中小企業にとって、「後継者問題」は経営課題のひとつとして挙げられるでしょう

「そもそも後継者がいない」
「子どもに引き継ぐことが、本当に良いのだろうか」
「社員に引き継ぐとしても、資金の問題がある」
「他社に買ってもらうのも良いが、どうすれば良いのかわからない」

など、頭を抱えている経営者も少なくありません。

日本政策金融公庫総合研究所が2020年1月28日に発表した調査結果(*1)によると、中小企業の事業承継の見通しをみると、後継者が決まっており後継者本人も承諾している「決定企業」は12.5%にとどまっています。後継者が決まっていない「未定企業」は22.0%、「廃業予定企業」は52.6%、「時期尚早企業」は12.9%です。

事業自体は好調でありながらも、後継者不足から廃業を検討している場合、M&Aによる事業承継は有効な選択肢となるでしょう。

 

M&Aを活用するメリット③ 「社員の雇用を守ることができる」

M&Aが成約すると、売り手企業の社員は買い手企業に雇用されるのが一般的です。そのため、売り手企業の経営状況が悪化していた場合は、社員の生活を守ることができるというメリットもあります。

しかし買い手企業のM&Aの目的はさまざまで、単に売り手企業が保有する事業や既存顧客を取り込むことが目的である場合も考えられます。そのため、社員の雇用を守りたい場合は、売却の条件に、M&A成立後に社員を買い手企業に雇い入れることを明示しておくと良いでしょう

 

M&Aを活用するメリット④ 「現金か株式を得ることができる」

M&Aによって会社のすべて、または事業の一部を売却した対価として、売り手企業は買い手企業から現金もしくは新株式の発行などの形で支払われます

売り手企業の経営者が廃業を検討している場合も、M&Aで得られる譲渡金は大きな助けとなるでしょう。通常、会社の廃業には「解雇する従業員に対する補償」「税務処理の依頼費用」「事業用設備や在庫商品の処分費用」など、資金が必要になるからです。

廃業には多くの手間と時間と心労がかかり、廃業後も経営者は借入金の返済をしなければならない可能性があります。手元に残る資金は、多ければ多いほど後の人生の助けとなるでしょう

 


【売り手企業からみたM&Aのデメリット】

M&Aを活用するデメリット① 「買い手企業が見つからない可能性がある」

売り手企業が買い手企業を見つけることは、決して簡単なことではありません。スムーズに買い手企業が見つからないケースは多々あり、早期売却を考えている売り手企業にとってはデメリットにもなり得るでしょう。

買い手企業の候補が見つかったとしても、希望価格や条件で折り合いがつかない可能性もあります。また、デューデリジェンス後に簿外負債などの粉飾が見つかってしまい、M&Aの話が白紙になってしまう可能性もあります。「賃金や残業代の未払い」「顧客や取引先とのトラブル」など、買い手企業との交渉を進める上で問題になりかねない要因については、予め対処をしておくことが大切です。

 

M&Aを活用するデメリット② 「取引先との関係性が悪化する可能性がある」

M&Aによって事業内容や契約内容に大幅な変更が発生すると、既存の取引先とのトラブルや関係悪化に発展してしまう懸念もあります。最悪の場合、契約解除などに発展しかねませんので、売り手企業は取引先に対して適切なタイミングで説明を行う必要があります。

 

M&Aを活用するデメリット③ 「納める税金が多額になる可能性がある」

株式譲渡によるM&Aの場合、株主個人の譲渡所得に所得税、住民税、復興特別所得税が課税されます。税率はそれぞれ、所得税が15%、住民税が5%、復興特別所得税が0.315%です。

◆個人株主にかかる税金の計算方法

個人株主にかかる税金は、以下の計算で算出されます。

譲渡所得の金額=譲渡価格―必要経費(取得費+委託手数料等)
税金=譲渡所得の金額×20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)

 

例えば、譲渡価格が1億1,000万円、取得費や委託手数料などの必要経費が1,000万円だった場合、以下の税金がかかることになります。

(1億1,000万円―1,000万円)×20.315% = 2,031万5,060円

個人株主にかかる株式譲渡で発生する税金は、その他の所得として給与所得や事業所得があったとしても金額が変わることがないのが特徴です。累進課税のように、所得が大きければ大きいほど高い税率が課されることがありません。

 

◆法人株主にかかる税金の計算方法

一方で、法人株主にかかる税金は、株式譲渡益に加え、本業で稼いだ利益と合算した所得金額に対して、法人税実効税率29.74%(外形標準適用法人の場合)を乗じて計算されます。

譲渡益の金額=譲渡価格―必要経費(取得費+委託手数料等)
税金=(譲渡益+本業の利益)×29.74%

 

法人株主にかかる税金は、本業で稼いだ所得が赤字であれば株式譲渡益と損益通算できる点が、個人株主とは大きく異なっています。株式譲渡益が1億円だったとしても、本業が不調で1億円の赤字だった場合は所得金額が0円となり、税金がかかりません。

 


【忘れてはいけない顧客のメリットとデメリット】

M&Aを検討する際、忘れてはいけないのが顧客への影響です。顧客のメリットとデメリットには、例えば以下のようなことがあります。

M&Aにおける顧客のメリットは、「サービスの充実」「商品ラインナップの増加」「コスト削減による値下げ」などの恩恵を得られる可能性があることです。

一方で、M&Aにおける顧客のデメリットは、買い手企業・売り手企業が同一市場の競合関係にある会社だった場合、顧客が取引を継続できなくなる可能性があります。また、経営統合後に部事業や取り扱い製品・サービスが廃止され、利用・購入ができなくなる可能性もあります。

M&Aには、売り手企業・買い手企業にとってそれぞれメリットやデメリット、リスクがあり、それは顧客や社員、取引先にも影響することを忘れてはいけません

 

*1 参照:日本政策金融公庫総合研究所 「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2019年調査)」結果から(2020年1月28日発表)
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/sme_findings200124.pdf


中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

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