コラム

会社や事業を取引するM&Aは、経営者にとって有効な選択肢となりました。売り手企業にとっては、後継者問題への対策として。買い手企業にとっては、成長戦略の一つとして。M&Aを上手に活用することで、現状の経営課題を解決することも可能でしょう。では、M&Aは実際のところどのように進められるのでしょうか? 本稿では売り手企業の視点から、M&Aの手順について前編・後編に分けて解説します。

→ 後編はこちら

 


◆M&Aを検討する前に欠かせないこと

M&Aは、以下のような手順で行われます。もちろん、すべてのM&A案件で全工程が必須というわけではありません。小規模なM&Aであれば、省略できることもあるでしょう。経営者はご自身が売り手企業、買い手企業のどちらになる可能性もありますから、M&Aの一般的な手順を知っておいて損はないはずです。

 

【M&Aにおける手順】

手順1 「検討・事前準備」
手順2 「M&Aアドバイザー、M&A仲介会社の選定」
手順3 「買い手企業候補の選定、匿名打診」
手順4 「秘密保持契約」
手順5 「企業概要書の提示」
手順6 「顔合わせ会談」
手順7 「基本合意契約」
手順8 「デューデリジェンス」
手順9 「条件交渉」
手順10 「最終契約」
手順11 「PMI(統合作業)」

本稿では、手順5の企業概要書の提示までを解説します。では、手順1から見ていきましょう。

 

手順1の検討・事前準備は、M&AアドバイザーやM&A仲介会社に依頼する前に必ず行っておきたいことです。
M&Aによって会社や事業の売却を検討する前に、少なくとも以下の点について考えておくと良いでしょう

 

  • 会社や事業の売却という選択は妥当かどうか、他に選択肢はないか。
  • 自社の議決権は確保できているか。
  • 自分や家族、社員にとって幸福な買い手企業はどんな企業か。
  • どんな条件で会社や事業を買ってほしいか。

 

M&Aが本当に自社、あるいは経営者である自分自身にとって良い選択肢なのかどうか、まずはよく考えておきたいポイントです。親族への事業承継や社員への事業承継など、他の選択肢はないのか、一度熟考してみると良いでしょう。本音で話せる相談相手やメンターがいる場合は、その人に相談してみるのも良いかもしれません。

また、議決権を確保できているかどうかも、M&Aを検討する際に確認しておきたいポイントです。実際に会社や事業を譲渡するとき、予期せぬ弊害となることもあります。

さらに、買い手企業の理想像や譲渡金額などの売却条件についても書き出してみてください。具体的にしておけばしておくほど、その後の手順がスムーズになります。

 


◆M&Aアドバイザーはどのように選べば良いのか?

手順2は、M&Aアドバイザー、M&A仲介会社の選定です。

M&Aで売り手企業と買い手企業の間に入るアドバイザーは、「M&Aアドバイザー」「M&Aアドバイザリー」「フィナンシャルアドバイザー(FA)」などと呼ばれています。M&A専業のアドバイザーもいますが、幅広いコンサルティングやソリューションの一環としてM&Aに関するアドバイスや仲介を行っているケースも多いでしょう。

では、M&Aを成功させるためには、どのようなM&Aアドバイザーを選べば良いのでしょうか?

重要なことは、「本音を話せる」相手かどうかです。人間と人間ですので、相性も大切になってくるでしょう。M&Aを実行していくためには、財務諸表や会社の資産に関する情報、社員リスト、勤怠管理に関する情報、商品・サービスに関する情報など、多くの情報を共有し、やり取りを重ねていくことになります。必然的に連絡の頻度や打ち合わせの頻度も上がりますので、円滑にコミュニケーションを取れることも重要です。

M&Aアドバイザー、M&A仲介会社の選定ができたら、秘密保持契約(NDA)や仲介契約を交わし、M&Aを進めていきます

 


◆買い手企業候補を探すために必要な「ノンネームシート」とは

手順3は、買い手企業候補の選定、匿名打診です。

買い手企業候補へのアプローチを始める前には、「ノンネームシート」と呼ばれる資料を作成しますノンネームシートとは、匿名で記載された企業概要や譲渡条件がわかる資料のことです。

ノンネムシートには、事業内容や売上高、年間利益、売却理由などを記載するのが一般的です。譲渡希望金額が決まっていない場合は、「要相談」としても良いでしょう。

情報の粒度を上げるためには、ノンネームシートと同時に手順5で使用する「企業概要書」を作成する必要があります企業概要書は、買い手企業候補に提示するプレゼンテーション資料です。会社や事業を買収するメリットや、会社や事業の魅力を伝える重要な資料の一つですので、時間をかけて作成する必要があります。

ノンネームシートや企業概要書を作成したら、買い手企業候補となり得る企業のリストを作成します。同業他社が最もシンプルで想像しやすい買い手企業候補になりますが、もちろんそれに限定することはありません。

 

  • これまでは競合相手だったが、統合されることで事業拡大や効率化ができる
  • M&Aによって、業界トップになれる
  • 既存事業とのシナジーが期待できる

 

などのように、買い手企業候補のメリットやベネフィットを考えながら候補先を選定すると良いでしょう。作成したリストから、条件に合いそうな候補先を数社に絞り込んでいきます

 


◆秘密保持契約の目的と重要性

手順4は、秘密保持契約の締結です。

ノンネームシートで匿名打診した買い手企業候補のなかから買収に興味を示す企業が現れたら、次の手順に進みます。ノンネームシートよりさらに詳細な情報の開示を求められた場合は、秘密保持契約を結びましょう

秘密保持契約は、「NDA(Non-disclosure agreement)」と呼ばれることもあれば、「CA(Confidentiality Agreement)」「守秘義務契約」「機密保持契約」と呼ばれることもありますが、基本的に同じものです。秘密保持契約は、自社の秘密情報を相手方が第三者に開示・漏洩することを防ぐための契約書で、交渉などで自社の秘密情報を開示する場合には、開示に先立ち締結することが一般的です。

 

秘密保持を約束されることによって、以下のメリットがあります。

  • 相手方が秘密を保持し、目的以外に情報を利用しないよう規律することが可能
  • 相手方が秘密保持の約束を破ったことにより損害を被った場合、秘密保持契約の違反(債務不履行)を理由に、損害賠償を請求することが可能

 

M&Aは、売り手企業にとっても買い手企業にとっても神経を使う繊細な案件です。「会社を売却する」という情報が、株主や社員、取引先などのステークホルダーに漏れることは避けなければいけません。秘密保持契約が結ばれると、社名や財務状況などが開示されますので、情報管理が極めて重要になります。

 


◆買い手企業にプレゼンするための「企業概要書」

秘密保持契約が交わされると、手順5の企業概要書の提示に進みます。

企業概要書は、「IM(Information Memorandum)」とも呼ばれています。
詳細情報を買い手企業候補に提示し、買収を検討してもらうための資料です。そのため、買い手企業候補にプレゼンテーションするための資料とも言え、とても重要です。ノンネームシートとは異なり、企業概要書には社名やより詳細な事業内容、財務情報が記載されています。また、定款や登記簿、決算書などの資料も企業概要書に含まれます。

企業概要書の作成は、M&AアドバイザーやM&A仲介会社が行うのが一般的です。売り手企業とM&Aアドバイザーが一緒に議論をしながら、魅力を伝えられるプレゼン資料を作成していきます。誇大広告のような表現を用いると、後の工程や譲渡後にトラブルになることも考えられますので、事実に基づいて作成すると良いでしょう。

後編では、企業概要書の提示後の手順について解説します。

 


中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

コラム一覧へ戻る