コラム
- M&A全般経営者の悩み
医療法人のM&Aスキームは出資持分譲渡が主流?
多くの中小企業が抱える後継者問題。医療法人・病院(クリニック)であっても同様で、後継者不在が大きな経営課題になっています。非営利法人である医療法人をM&AするメリットやM&Aスキームには、どのようなことがあるのでしょうか。本稿では、医療法人のM&Aについて解説します。
【医療法人をM&Aする売り手(譲渡)側のメリットと注意点】
医療法人でも高齢化が進んでおり、その結果、多くの医療法人が後継者問題を抱えています。帝国データバンクが行った調査によると、2020年の「病院・医療」業種における後継者不在率は73.6%であり、全業種平均の65.1%と比べて高い数値になっています。*1
*1)出典:全国企業「後継者不在率」動向調査(2020 年)|帝国データバンク(https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p201107.pdf)
今後、医療法人のM&Aは増加していくことが予想されますが、売り手(譲渡)側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
売り手(譲渡)側の主なメリットとしては、
- 廃院の回避
- 地域医療の維持
- スタッフの雇用確保
が挙げられるでしょう。
また、売り手(譲渡)側の注意点としては、
- 3年前から検討を進める必要があること
- 譲渡について、院内のだれにどのタイミングで開示するか注意すること
- スタッフ等の利害関係者に対して、誠意を持って対応すること
- 買い手(譲受)側に対して上から目線は禁物であること
が挙げられるでしょう。
【医療法人をM&Aする買い手(譲受)側のメリットと注意点】
では、買い手(譲受)側にはどのようなメリットと注意点があるのでしょうか。
買い手(譲受)側の主なメリットとしては、
- グループの拡大
- 新規エリアへの事業展開
- 人材の確保
- 地域参入障壁などの規制回避
が挙げられるでしょう。
また、買い手(譲受)側の注意点としては、
- 人材育成に力を入れ、院長、事務長、看護部長を派遣できる組織体制を構築すること
- M&Aの交渉や進行の過程で多少のトラブルがあっても寛容さを維持すること
- 譲受後は法令順守を徹底すること
が挙げられるでしょう。
【医療法人における3つのM&Aスキーム】
医療法人のM&Aには、どのようなスキームがあるのでしょうか。主なスキームは以下の3つです。
◆医療法人M&Aの主なスキーム「合併」
合併は、2つ以上の法人を1つの法人に統合する場合に用います。新設合併と吸収合併の2つの方法がありますが、原則は吸収合併です。
◆医療法人M&Aの主なスキーム「事業譲渡」
特定の事業に関する資産等を一括して他の法人に譲渡する場合は、事業譲渡のスキームを用います。事業譲渡は閉鎖と開設を同時に行うため、行政の理解が前提となります。
◆医療法人M&Aの主なスキーム「出資持分譲渡」
出資持分譲渡では、議決を行使できる社員たる地位を譲渡することになります。出資持分譲渡は、医療法人のM&Aでよく用いられるスキームです。
◆合併の手順
合併をする場合は、まずは行政への事前相談を行います。その後、法人格の問題や税金の問題について事前調査を行い、医療審議会で承認を得るプロセスに入ります。
医療審議会は年に2回行われる都道府県もあれば、年に4回行われる都道府県もあります。医療審議会の開催頻度や提出書類については、行政に事前相談する際に確認しておくと良いでしょう。
医療審議会で承認を得られたら、債権者保護手続きをする必要があります。債権者保護手続きとは、債権者の利益を保護する目的で、債権者に対して意義申し立てができる旨を公告し意義を申し立てた債権者には、弁済、担保提供等を行うことです。
医療法人の合併は、これらの手続きが必要であるため、約1年の期間がかかります。事前の準備は欠かせないでしょう。
また、合併前後における法人類型にも注意が必要です。
「持分なしの医療法人」と「持分なしの医療法人」が合併する場合は、合併後の法人類型は「持分なしの医療法人」となります。
「持分ありの医療法人」と「持分ありの医療法人」が合併する場合は、合併後の法人類型は「持分なしの医療法人」か「持分ありの医療法人」のどちらかを選択可能です。
ただし、「持分ありの医療法人」と「持ち分なしの医療法人」が合併する場合は、「持分なしの医療法人」しか選択することができません。
◆事業譲渡の手順
事業譲渡をする場合は、基本合意契約を締結したうえで行政に事前相談にいきます。その後、デューデリジェンス、病床がある場合は地域医療構想会議にかける必要もあります。
地域医療構想会議の際、地域に情報が開示されてしまう可能性があるため、スタッフに対して事業譲渡の旨を伝える職員説明会をいつ行うのか検討する必要があります。
事業譲渡をする場合、説明会や契約手続きなどが必要なため、最低でも半年以上の期間がかかることを認識しておきましょう。
◆出資持分譲渡の手順
出資持分譲渡の場合は、譲渡側の医療法人の出資金や社員権も譲渡することになります。また、出資持分譲渡では、従業員との雇用契約や取引先との契約をそのまま継続することができるのが特徴です。
公的な手続きは役員の交代があった場合の届出だけで済むので、行政や医師会への事前相談は必要なく、当事者同士で進めることができます。そのため、医療法人のM&Aではよく用いられるスキームです。
出資持分譲渡の場合、スムーズに進めば、約1~2ヶ月で完結させることも可能です。
ただし、医療法人ごと引き継ぐことになることため、医療法人に関わる医療提訴、労働提訴等のリスクも引き継ぐことになり、より綿密なデューデリジェンスが欠かせません。
医療法人のM&Aは通常のM&Aに比べて複雑であるため、専門家に相談して進めることが不可欠です。
中島 宏明
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。
プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立し、その後は主にフリーランスとして活動中。
2014年、一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。
現在は、上場企業や会計事務所など複数の企業で経営戦略チームの一員としてM&Aや海外進出等に携わるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。